20代中盤でふんばるブログ

銀行員→外資コンサル。旅行が好きです。

「ウシジマくんVSホリエモン」

ウシジマくんもホリエモンも好きなので読んだ。

総じてホリエモンの言い訳が詰まった本、という感じ。

 

例えば、ネットビジネスがテーマの「フリーエージェントくん」編

 

について、ホリエモンが「私がやっていることは全く違う」て強調してるとこ。

 

フリーエージェントくん編てのは、中身のない情報商材を宗教じみた宣伝力で「素晴らしい!」と思わせて売りまくって大金稼ぐやつの話なんだけど、

ホリエモンもそれと大枠同じようなことはやってるからね。

 

ホリエモン的には多分、自分は「中身のない」ものは拡散していない、てところが肝なんだろうけど。ある商材を「中身がある」あるいは「価値がある」と感じるかなんて受け取る人それぞれだし、どっちも「価値がない」と感じられちゃえば同一視されてもしょうがない。

 

 

あとは、「洗脳くん」編に関しても、ずっと「騙される(洗脳される)人間のマインドはダメだ。変えなくてははいけない」って言ってるけど、これも「ホリエモンを勝手に信じて失敗するやつはマインドが悪い。変えなくてはいけない」ってのが言いたいんだと思った。

 

まぁホリエモンも自分の宗教じみた発言力は自覚してるだろうから、その被害にあう人達の文句に対して予め予防線張ってる、て感じ。「勝手に俺の言ったことを信じた人間が悪い」って。

 

 

ホリエモンの本はだいたい読んでるんだけどね。各書のところどころに自分のメディアとか知人の本の宣伝入れる感じも、自分が本を書くことの宣伝効果がビジネスになる、て自覚してるよね。そういう生き様大好き。

 

にしても、ウシジマくんにせよ、「99%の会社はいらない」で紹介してた「伝え方が9割」にせよ、やっぱホリエモン「世の中ってこんな感じだろ」みたいな斜に構えた考え方が好きなんだろうなぁ(まぁ本書で絶賛してた本田圭佑はちょっと違うけど)。

今は政治から離れちゃってるけど、そういう俯瞰的、大局的にものを見れる人間に政治をやって欲しい。特に、「東京オリンピックて結局どうなるの」とか。

 

 

99%の会社はいらない (ベスト新書)

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伝え方が9割

伝え方が9割

 

 

 

英ユーロ離脱など、リスクがあると円高になる理由

23日の国民投票でイギリスがユーロから離脱するか決まる。

ただそれに限らず、
「世の中が危機になると円が買われる」
というのはある程度為替をやっていると常識のような話だが、それが何故かは意外と知られていない。ていうか分かりにくい。


まず単純に、「高い通貨」とか何か。みんなが欲しがる通貨だ。金融の世界では通貨というのも「商品」なので、みんなに欲しがられるものほど価値が上がる。需要と供給の関係だ。


では、みんなが欲しがる通貨とは。
通貨が商品である、という観点からすると、この答えはざっくり2つある。
①持っていると特をする
②持っていて安心
この2つだ。


①は単純に利息の話だ。持ってるだけでお金が増えていく。将来値上がりするかも、という期待の話もあるが、今回は割愛する。

②が「安全資産」と言われるものであり、すなわち日本円で、今回のテーマの話だ。

世の中が危機になった時にはみんな不安だ。だから安心できるものを買う。


では、なぜ円は安心できるのか?その答えには「そもそも不安とは何か」という議論が必要だ。
世の中が危機の時の、金融や為替としての究極の不安とは何か。すなわち、「自分の持っていたはずのお金が無くなる」ことである。
国が発行する通貨において、その原因はすなわち国の破綻だ。
そのリスクが低いので、日本円は危機の時に人気になる。


では、なぜ日本は破綻しないのか。
国の破綻というとイメージしにくいが、国の破綻も企業の破綻も個人の破滅も論理は同じだ。
個人が破滅するときは事故にあって病院送りになるか周りからの信頼をなくすか借金で首が回らなくなるか、だいたいそんな感じだ。


日本は実は世界一の体外債務国だ。
すなわち、周りのみんなに大量のお金を貸している。お金を貸しまくってる人が借金で首が回らなくなるとはなかなか考えにくい。(たまに言われる日本の国債の多さはあくまで国民への借金で、例えるなら勝手に家族内でやり取りしているような借金であり、世界の投資家から見れば「リスク」とは見られにくい)


さらに島国なので政治リスクも小さく、かつ世界トップレベルの経済大国の地位を有している。個人に例えれば整備された環境で事故にもあいにくいし、確りした年収もある安定した大企業社員、というような感じだろうか。


以上より、日本という国が破綻するとは思われにくく、円は危機の時に好んて買われる。
ちなみに、アメリカとかは?とパッと思うかもしれないが、アメリカは世界中から投資を受けている(金を貸されている)ために実は対外的には世界の有数の債務国だ。もし危機に陥って世界中が借金の回収合戦になったらアメリカという国のお金は枯渇する。中国なんかも政治的にも経済的にもまだまだ不安定だし、ユーロは加盟国が多すぎて今回のイギリス離脱のような危機が度々起こる。
そう考えると、意外と「安全を求める」というと円しかなかったりするわけだ。


以上、「世の中が危機になると円が買われる」理由でした。

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日本人の「和」とは何か

公金問題、企業ガバナンスの崩壊、無くならないいじめ

日本社会におこる問題は時に「日本的」と表される。そして日本人の根底に流れる最も「日本的」な精神が「和」だ。

では、「和」の精神とは何か。歴史、民俗性、そして昨今起こる社会問題からその正体を探った。

 

農耕文化から生まれた同調圧力

「和」という言葉は聖徳太子の十七条の憲法第一条「和を以て貴しとなし」で既に見られる。

同時期には「すべての物事は関係している」を教えとする仏教が日本に入った。この時期にはすでに日本に「個人も社会もお互いに見られている共同体」の感覚ができていて、その精神が仏教に合ったのだ。

 

農耕で発展した日本の村落は、農耕と収穫を行う上で、理念や政策よりも「情」のような人間関係による共同体の利害調整が重要性だった。

砂漠の厳しい環境下で豊かな土地を求めて争いあった西アジアとは明らかに違う。彼らは血縁単位、民族単位で同盟という契約関係を結びあった。しかし日本の初期文明では、古代エジプトやローマのような過度な富の集中や権力の強大化は起こらなかった。

 

日本は戦いや契約ではなく、人間も自然も共同体として「共存」することを選んだ。戦いの神である唯一神ヤハウェとともに戦った西洋に対し、自然と調和する八百万の神と共存して暮らしたのが古事記の日本史観だ。日本庭園などの日本独特の美しさはここからくる

 

ただし、その共存はあくまで生きる上での組織構築の一環であり、農耕という共同事業を行う上で組織内の人間には一定の行動様式が求められた。

そこから生まれる同調圧力が「和」であり、その集団を維持するためのモチベート方法が「情」だった。

 

いつの間にか共同体となっている企業・官僚組織

そうやって、日本の組織は「共同体」として成長してきた。同じアジアでも中国のような漢の「劉氏」や唐の「李氏」といった一族が他の一族を支配して拡大した血縁社会とはやはり異なる。

日本は農耕を営む共同体が徐々に拡大し、「公」としての権力、すなわち天皇となった。それは支配ではなく生活圏の拡大だった。

 

この日本の「共同体の論理」と、現在ほぼ世界中で採用されている西欧由来の「官僚制度」は非常に相性が悪い。

官僚制度を生んだ西洋の組織文化は、ヤハウェなりキリストなりの唯一神の下で「神との契約」「王との契約」というルールを重ねて権力構造を形作った。

一方、日本の組織は「家来」や「御家人」など中世の共同体が「家」と呼ばれるように、契約ではなく相互の信頼や「情」による人間関係が権力構造を形作った。権力相続が宮廷の女関係で行われた摂関政治など最たる例だ。

 

官僚制度と日本式の共同体の論理の機能不全の例は太平洋戦争に代表される。軍部がいつの間にか「人情」という名の組織融和、すなわち共同体の論理、で権力を獲得し、本来内閣や天皇が持っていた官僚制度上の権力は骨抜きになった。

権力構造が共同体の論理の前に骨抜きにされてしまうのが日本組織の特徴であり、公金の不正利用しかり、大企業の「お家騒動」や企業上層部の人間関係によるガバナンス崩壊しかり、「省益あって国益なし」のようなまさしく官僚組織の勘違いもここから起こる。

 

戦略より、あきらめることを美徳とする文化

日本は盛者必衰に代表される「はかなさ」の感覚がある。春に桜が咲いて、夏は緑、秋に葉が散り、冬に土に還る感覚だが、それが時に「しかたない」といった諦めに転換し、そしていつのまにか「いさぎよさ」として肯定されているのが日本精神の特徴だ。

 

農耕文化の日本は圧倒的な自然に対して戦略をもって対抗することはできなかった。毎年農耕を繰り返しながら、神に今年はうまくいくよう祈った。

その「愚直な継続」の裏には自分の力では何をしても及ばないという諦めがあって、それは「いさぎよさ」として肯定された。「精一杯頑張る」ような精神論がもてはやされるのがそれだ。

政治家がよく「前例がない」といい抜本的な改革に手を付けないのも、この「愚直な継続」文化による。歴史を見れば江戸幕府は開国を迫られるまで鎖国を続け、朝鮮・満州を占領した明治政府は太平洋戦争に大敗するまでアジア全域に占領作戦を続けた。景気対策財政出動ばかりで財政赤字は増え続けていて、新卒一括採用は批判が続く中でいつまでたっても変わらない。

 

ここにはもう一つ、日本を形作る「談合」の文化の原因もある。

海外異文化からの侵略がほとんどなかった日本の意思決定は、関ケ原で小早川が裏切ったような「談合」が勝敗の決め手となってきた。リーダーは戦略や指導力よりも年功や根回しなど情緒的な要素で選ばれた。しかし彼らはあくまで調整役で、「根回し」のプロではあっても改革や戦略のプロではない。今の日本企業の上司を見回しても、ビジョンある戦略的能力を持った人間と、周囲の顔色伺いすなわち利害調整に特化した人間、どちらが多いだろうか。

 

また、戦に負けても負けた武将が切腹しても、兵士は敵の武将にまた雇われた。これも異文化との戦いのように一族全員が滅ぼされることはなかった。そういう意味で日本は裏切りの文化が十分に醸成されている。「上司が失敗しても自分はうまく立ち回る」ような国民性が強い国だからこそ、明治維新ではこれでもかと「義」や「尊王」が掲げられた。

 

しかし逆に言えば、西欧社会のように契約の観念が無くても、なんとなくその場の空気で周りに合わせてやるべきことをやれてしまうのが日本の強みでもある。

これが日本の美徳である「以心伝心」、そして「和」の正体である。

 

調和する、受け入れるという能力

では、「和」をもつ日本人の強みとは何だろうか。

 

明治維新や戦後の日本の急激な発展は「和」のたまものだ。

古代を見ると、食料採集文化、農耕社会の成立、王権の成立の成長段階の中でも日本はその進化が非常に速い。紀元前7000年には農耕が始まり紀元前3000年に王権を築いたメソポタミアや、紀元前3500年の仰韶文化に見られる農耕文化後に紀元前1500年に殷帝国を築いた中国と比べれば、日本は本格的に農耕を始めた弥生時代から500年程度で王権の証である古墳時代に突入する。

 

これは「共同体で受け入れる」「調整する」ことに長じた日本だからこその強みだ。

ただし、それが官僚制や戦略立案といった西欧文明と交じり合う中で、あるべき姿を見失っているのがこの150年だと感じている。

グローバル世代に生まれたボクたちは、「和」という少々不気味なものの正体を見つめ、それをなんとか生かせるよう、あらためて自分たちの文化を見つめなおさなければならない。

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仕事で辛い時期を乗り越えるために

銀行員時代は、本格的に仕事が始まってから、やっとこさ慣れるまで6か月間くらいかかったなぁ。その6か月はほんとに地獄だった。

今の仕事のためにも、銀行員時代に大変だった時期と、その乗り越えた体験を書いとこうと思う。

 

 

銀行に入社して本格的に仕事が始まったのは、入社1年目の年明け1月位から。「格付」てものを一人で任されるようになった。

 

格付て、端的に言えば会社の財務状況や業績を見て、お金を貸せるかどうかを判断するわけだけど、ボクが初めて格付をした会社が、年商30億円くらいの卸会社。

 

ある程度慣れた若手ならまぁ2日くらいかけて、合計5時間くらいの作業量で形を作って一度上司に提出して、上司に指摘をもらって直したり支店長に回覧したりしながら、結局2週間くらい10~15時間位かけてで完了させるような感じ。

 

ボクの初めての格付作業は、2週間たって何一つ完成しなかった。かろうじて形にした”格付にとりかかる準備作業”である資産状況の調査も、初歩的な計算ミスやら調査方法の根本的な理解不足で全くの無価値。

 

自分のできなさに焦りを感じた、その1月が地獄の始まり。

 

2月には金融商品の作り方がわからず手間取ってお客さんに迷惑をかけて、やらなきゃいけない格付もどんどん来るんだけど、成功イメージを持ててないから何回やってもうまくいかない。

 

ばたばたしてるうちに期末でめちゃくちゃ忙しい3月に突入したけど、そんな状態だから忙しくて余裕もないのに、傍から見ると何もできていないみたいな自分にもがき苦しんだ。

 

で、忙しい中で内省ができてないもんだから、4月にはまた2月と同じような金融商品で手間取って、いよいよ心の余裕も何もなくなる。

 

5月とかもうなんか記憶ない。必死にやってはいるけど、頭の中はずっと真っ白みたいな状況だった。

 

そして大方の銀行員にとって鬼門の6月が到来。なぜ鬼門かって、この時期に3月決算の会社の決算書が大量に到着して、大量に格付を捌かなきゃいけなくなる。

残業しないと終わらないのに、月40時間しか残業できない法定労働時間の仕組みを死ぬほど呪ったね。家帰ったって明日のことを考えると心も何も休めないし、結局パソコンがない中で能率悪く仕事のこと考えるだけだだったから帰る意味がわからなかった。

 

 

これを何とか乗り越えた7月、なぜか視界が一気に晴れた。

提出するたび小言を受け続けてた格付も、金融商品の準備も、お客さんのところでの営業のお作法も、なぜかいきなりできるようになった。あの感覚は本当に不思議な転換だった。

 

具体的な改善方法は、例えば格付は上司の「鍵」と考えるポイントをあらかじめネゴって完成形を握っておく方法だったし、金融商品は見渡せば昔にどこかで参考になる同じ事例が取り扱われてるからそれをマネればよかったし、営業は自分の働き方と時間の使い方を見直して準備の時間を2倍にすれば上手くいくようになった。

 

ただ、今だからこんな風に説明できるけど狙ってやったわけじゃなくて、当時は本当に何が何だかわからない中でもがいてたら、突然真っ白だった頭がクリアになった、そんな感じだった。

 

まぁそっから余裕を持ったのをいいことに8月、9月と海外旅行を続ける中で思い立って、今、コンサルに転職してきたわけだけど。

 

 

なんでこんなこと書いてるかっていうと、今、コンサル入社3か月目にしてその地獄の序の口にいる感じがする。

銀行員時代より一つのお客さんに深く入り込む分、業界や競合の特色を深掘らなきゃいけないし、実務面まで理解しないといけない。その上で、銀行員時代に培った財務知識とはまた別面の会計知識も求められるし、何より今の時代ITも常識としてしらなきゃいけない。

インプットも足りないのに、アウトプットを出すスキルも、単純なExcelスキルは足りないし、作成資料の綺麗な見せ方のような「お作法」は全く身についてない。もちろん、そんな状態だからなかなか議論で価値ある発言もできない。

 

この3か月でも徹夜続きとか肉体的に大変な状況はここまでもあったけど、精神的にも大変な状況にやっと本格的に突入してきたなぁ感がある。

 

 

とはいえ、銀行員時代を振り返ってみても、とにかく目をつぶってもなんでも何とか乗り越えなきゃ、何も乗り越えられない。

 

まずは勉強あるのみのインプット。あとはくじけないアウトプット

あーーー意識高い系は嫌だーーー。でもとりあえずはつらい時期を乗り越えて楽しく暮らすためだなーーーがんばろう

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論理的思考に対する感覚論

絵本の赤ずきんちゃんから読み取れることは何か

 

1. 赤ずきんと呼ばれる女の子がいた。彼女はお使いを頼まれて森の向こうのおばあさんの家へと向かうが、その途中で一匹の狼に遭い、唆されて道草をする。
2. 狼は先回りをしておばあさんの家へ行き、家にいたおばあさんを食べてしまう。そしておばあさんの姿に成り代わり、赤ずきんが来るのを待つ。
3. 赤ずきんがおばあさんの家に到着。おばあさんに化けていた狼に赤ずきんは食べられてしまう。
4. 満腹になった狼が寝入っていたところを通りがかった猟師が気付き、狼の腹の中から二人を助け出す。
5. 赤ずきんは言いつけを守らなかった自分を悔い、反省していい子になる。

Wikipedia先生より)

 

 

狼っていう不審者にそそのかされた赤ずきんが悪い、とか、狼を倒す猟師みたいな正義の心を持つことが大事、とか

なんとか物語の裏の意味を考えようとすれば理屈付はできる

 


赤ずきんちゃんは絵本の話だけど、ボクたちが日常を生きていても、「これなんで起こったんだろう?」みたいな問いかけ、ってけっこうある。


プロジェクトがうまくいかなかったら、うまくいかなかった理由を考えるとか、
話し合いがうまくいかなかったら、その原因を考える、とか

 

いわゆる「振り返りをする」「PDCA回す」とかいうやつ。物事から教訓を得て、次につなげる、みたいなやつ。

 


これ、本当に意味あるのかな?ってたまに思う。

そんな世の中全部うまくつながって、言語化できるようになってるのかな?って。

 


赤ずきんちゃんが食べられちゃったのは、偶然狼がいたからで、プロジェクトがうまくいかなかったのは時の運で、話し合いがうまくいかなかったのは、みんなが全力で話し合った結果だったりする。

 

それを「もしかしたらこの出来事は、こういう意味があったんじゃないか」とか考えるのは、どんどん現実から離れて、どんどん空論に飛び立ってくような、地から足が離れていくような、そんな感覚をたまに感じる。コンサルだからそんなことばっかしてんだけどさ。

 


たまにはただ起こった出来事を受け止めるだけ、てのもいいんじゃないか。生きるのにそんな難しく考えることばっかしないでいいんじゃないんじゃないか

 

ちなみに、赤ずきんちゃんの話のオチの無さを全力で難しく言い換えるとこうなるらしい。

生存の孤独とか、我々のふるさとというものは、このようにむごたらしく、救いのないものでありましょうか。私は、いかにも、そのように、むごたらしく、救いのないものだと思います。この暗黒の孤独には、どうしても救いがない。
(「文学のふるさと坂口安吾

 

まぁ起こった物事に「こうすればよかった」みたいに難しく考えるのはある種の救いを求めるようなもんだと思うんだけど、
たまには、ただ何も考えずに起こった物事を「そんなもんか」って受け入れるのもいいってことだろう。

 

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コンサルタントとしてのやりがい(?)

すさまじく感じた瞬間があったので書く。

 

5日で12時間の睡眠時間でやりきって、細部のミスまで検証しつくした資料を作り上げて、最終的にプレゼン相手から評価されたこと。

 

 

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なんかもう言ってる事ひどいけど、これコンサルの本当に一番のやりがいな気がするんだよね。

ちなみにその次の土日は2日で36時間寝ました。7日で引き直せば平均7時間寝てるっていう意味不明さは気にしない。

 

 

発表日前の最後の方とかに感じた、チームメンバーと一緒にやりきってやろう、っていういわゆる文化祭前だか合宿最終日だかの気持ち、すげー楽しかったんだよね。

 

しかしあと一日、土曜までこのプロジェクトが続いてたらぶっ倒れてたと思うし、いいチームメンバーだったからよかったけど、そこに人間関係的なストレスが加わってたら病んでたかもしれない。それに最後評価されてなかったら今頃死にたい気分になってたかもしれない。

 

・・・とか「かもしれない」っていろいろ思うけど、いや、案外それはそれでもやってみたら何とかなるもんなのかな、とも思う。

 

 

まぁ今回は運が良かった。あとなんかちょっと精神的に強くなった気がする。

何はともあれ楽しくやっております。なかなかブログ書く時間ないけど、本も読まなきゃ英語も勉強しなきゃでどうやってみんな時間作ってんだろうか。頑張ってブログも週一更新してゆきたい。

 

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外コン外銀の睡眠時間

入社前から死ぬほど気になってました。

深夜3時まで仕事して朝6時に出社する、という噂は聞くけど、果たして本当にそうなの?それでもやっていけるの?と。

 

本当にやってます。そして意外にできます。

 

まだ入社1か月ちょっとですけど、本当にあった話。

 

 

「飲みに行った上司」から深夜にレビューが来る 

 

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その日は華の金曜日。「今日オレ飲みに行くから先に上がるわ」って意気揚々と上司Aが出て行ったあと、ボクも22時くらいにその上司Aに資料を送って帰りました。よし、これで今日の仕事終わりだ、と。

すると、深夜1時に上司Aからすっごい丁寧に「ここをこう直して、これを調べなおして再提出」っていうレビュー(添削)が来ました。

「飲みに行く」の概念が崩れましたね。酒飲んだんじゃないんかい、と。そしてボクののんびりした金曜の夜も終わりました。再提出かい、と。

これが当たり前なので、最近はボクも飲んだ後に資料作りするのが普通になりました。お酒を飲んだら一日終わり、じゃなくなっちゃった自分に多少驚いてます。

 

 

自分が意外にも4日連続3時間睡眠に耐えられた

 

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前職のときは毎日7時間は寝てて、6時間切ったら辛いとか言って体調も悪くなってたんですけど、今は何でかわからないけど3時間睡眠が続いても生きてますね。

 

ちなみに一日のスケジュール的には

銀行員時代  :6時起床―7時30分出社―20時退社―23時入眠

現在(繁忙期):6時起床―7時出社―翌3時まで仕事―翌4時入眠

て感じです。

 

とは言っても、忙しくない時はのんびり9時過ぎ出社の日もあるし、終わるときは早く終わります。早く、って言っても21時くらいなんで、それを「早い」て思う今の自分怖いですけど。

 

「毎日普通に終電で帰ってるよ!」 

 

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先輩にこれを言われたときに、新入社員全員「へー!意外とそんな早く帰れるんですね!」って反応でした。

ちなみにボクも瞬間的には「あ、そんなもんなんだ」って思って、会話が終わった後に、いや、そういえばその考えはおかしい、て全員で顔を見合わせたわけですが。

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当然、考えの裏に「外資系コンサルはみんなタクシー帰り」みたいな都市伝説がある訳で。それに備える素晴らしいメンタルが新入社員全員に既に作り上げられていたってことですね。ちなみにタクシー代は会社からちゃんと出てます。よかった。

 

 

 

以上はボクの実体験ですけど、この前、外資投資銀行行った奴と飲んだら更にやばかった。

 

27時から開始する飲み会にさえ遅れてくる

 

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大学の同期飲みで、インフラ行った奴とかシステム行った奴らは19時から飲み始めてました。ちなみにこれ5月2日GW前日譚。

ここにボクは23時ごろから合流しました。二次会も終わる頃合いですね。場所は品川。

 

この「皆が二次会が終わった時間から飲み始める」。これが普通って意識が、大学生、銀行員時代からの変革。昔だったら帰って寝てた時間だわ。

 

が、しかしその日、三次会のカラオケに入って26時になっても、その外銀の同期は来ず。

電車もなく、仕方がないのでタクシーで彼の勤務する六本木まで移動。六本木、タクシー移動、バブリー感すごい。

27時にボクらが六本木でラーメンを食べていると、ついに登場。と思ったら家の鍵だけ渡して職場に帰還。とりあえず六本木の外資投資銀行員の家(家賃30万)に移動し騒ぎつくすボクら。40万円のベットふかふかすぎてやばい。なんか人生ゲームとかツイスターゲームもあった。ちゃらい。

 

最終的に彼が仕事終えて合流したのは朝の5時。そして、6時間後には既にパソコンで何らかの仕事をし終えて会社に戻ってった。怖い。

ヤツ曰く「今日は6時間も寝れた」らしいです。ちなみにこの日は5月3日。GWだからね。あ、やっぱ普通に会社行くんだ。ボクも会社には行かないにせよ、その日の24時までに提出する書類あったけど、そっから見てもさすがにあの忙しなさは働いてる意味わかんなくなったわ。

 

 

 

と、まぁなかなか衝撃的な、しかしある意味イメージ通りの外資系生活を送ってますが、わかったことはいくつかある。

 

  • お酒を飲んでからも普通に仕事をする世界がある。
  • 睡眠時間の短さはどうにかなる。
  • 時間がないが故にお金の感覚が狂う。

 

あと、結局、労働時間の長さは、配属されるプロジェクトや、時期、本人の性格(凝り性はヤバい)次第なところもあるし、フレックスな働き方も当然選択できるので、

 

まぁ人生一回の中で体験するには本当にとても楽しい世界だと思います。

 

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