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20代中盤でふんばるブログ

銀行員→外資コンサル。旅行が好きです。

日本人の「和」とは何か

公金問題、企業ガバナンスの崩壊、無くならないいじめ

日本社会におこる問題は時に「日本的」と表される。そして日本人の根底に流れる最も「日本的」な精神が「和」だ。

では、「和」の精神とは何か。歴史、民俗性、そして昨今起こる社会問題からその正体を探った。

 

農耕文化から生まれた同調圧力

「和」という言葉は聖徳太子の十七条の憲法第一条「和を以て貴しとなし」で既に見られる。

同時期には「すべての物事は関係している」を教えとする仏教が日本に入った。この時期にはすでに日本に「個人も社会もお互いに見られている共同体」の感覚ができていて、その精神が仏教に合ったのだ。

 

農耕で発展した日本の村落は、農耕と収穫を行う上で、理念や政策よりも「情」のような人間関係による共同体の利害調整が重要性だった。

砂漠の厳しい環境下で豊かな土地を求めて争いあった西アジアとは明らかに違う。彼らは血縁単位、民族単位で同盟という契約関係を結びあった。しかし日本の初期文明では、古代エジプトやローマのような過度な富の集中や権力の強大化は起こらなかった。

 

日本は戦いや契約ではなく、人間も自然も共同体として「共存」することを選んだ。戦いの神である唯一神ヤハウェとともに戦った西洋に対し、自然と調和する八百万の神と共存して暮らしたのが古事記の日本史観だ。日本庭園などの日本独特の美しさはここからくる

 

ただし、その共存はあくまで生きる上での組織構築の一環であり、農耕という共同事業を行う上で組織内の人間には一定の行動様式が求められた。

そこから生まれる同調圧力が「和」であり、その集団を維持するためのモチベート方法が「情」だった。

 

いつの間にか共同体となっている企業・官僚組織

そうやって、日本の組織は「共同体」として成長してきた。同じアジアでも中国のような漢の「劉氏」や唐の「李氏」といった一族が他の一族を支配して拡大した血縁社会とはやはり異なる。

日本は農耕を営む共同体が徐々に拡大し、「公」としての権力、すなわち天皇となった。それは支配ではなく生活圏の拡大だった。

 

この日本の「共同体の論理」と、現在ほぼ世界中で採用されている西欧由来の「官僚制度」は非常に相性が悪い。

官僚制度を生んだ西洋の組織文化は、ヤハウェなりキリストなりの唯一神の下で「神との契約」「王との契約」というルールを重ねて権力構造を形作った。

一方、日本の組織は「家来」や「御家人」など中世の共同体が「家」と呼ばれるように、契約ではなく相互の信頼や「情」による人間関係が権力構造を形作った。権力相続が宮廷の女関係で行われた摂関政治など最たる例だ。

 

官僚制度と日本式の共同体の論理の機能不全の例は太平洋戦争に代表される。軍部がいつの間にか「人情」という名の組織融和、すなわち共同体の論理、で権力を獲得し、本来内閣や天皇が持っていた官僚制度上の権力は骨抜きになった。

権力構造が共同体の論理の前に骨抜きにされてしまうのが日本組織の特徴であり、公金の不正利用しかり、大企業の「お家騒動」や企業上層部の人間関係によるガバナンス崩壊しかり、「省益あって国益なし」のようなまさしく官僚組織の勘違いもここから起こる。

 

戦略より、あきらめることを美徳とする文化

日本は盛者必衰に代表される「はかなさ」の感覚がある。春に桜が咲いて、夏は緑、秋に葉が散り、冬に土に還る感覚だが、それが時に「しかたない」といった諦めに転換し、そしていつのまにか「いさぎよさ」として肯定されているのが日本精神の特徴だ。

 

農耕文化の日本は圧倒的な自然に対して戦略をもって対抗することはできなかった。毎年農耕を繰り返しながら、神に今年はうまくいくよう祈った。

その「愚直な継続」の裏には自分の力では何をしても及ばないという諦めがあって、それは「いさぎよさ」として肯定された。「精一杯頑張る」ような精神論がもてはやされるのがそれだ。

政治家がよく「前例がない」といい抜本的な改革に手を付けないのも、この「愚直な継続」文化による。歴史を見れば江戸幕府は開国を迫られるまで鎖国を続け、朝鮮・満州を占領した明治政府は太平洋戦争に大敗するまでアジア全域に占領作戦を続けた。景気対策財政出動ばかりで財政赤字は増え続けていて、新卒一括採用は批判が続く中でいつまでたっても変わらない。

 

ここにはもう一つ、日本を形作る「談合」の文化の原因もある。

海外異文化からの侵略がほとんどなかった日本の意思決定は、関ケ原で小早川が裏切ったような「談合」が勝敗の決め手となってきた。リーダーは戦略や指導力よりも年功や根回しなど情緒的な要素で選ばれた。しかし彼らはあくまで調整役で、「根回し」のプロではあっても改革や戦略のプロではない。今の日本企業の上司を見回しても、ビジョンある戦略的能力を持った人間と、周囲の顔色伺いすなわち利害調整に特化した人間、どちらが多いだろうか。

 

また、戦に負けても負けた武将が切腹しても、兵士は敵の武将にまた雇われた。これも異文化との戦いのように一族全員が滅ぼされることはなかった。そういう意味で日本は裏切りの文化が十分に醸成されている。「上司が失敗しても自分はうまく立ち回る」ような国民性が強い国だからこそ、明治維新ではこれでもかと「義」や「尊王」が掲げられた。

 

しかし逆に言えば、西欧社会のように契約の観念が無くても、なんとなくその場の空気で周りに合わせてやるべきことをやれてしまうのが日本の強みでもある。

これが日本の美徳である「以心伝心」、そして「和」の正体である。

 

調和する、受け入れるという能力

では、「和」をもつ日本人の強みとは何だろうか。

 

明治維新や戦後の日本の急激な発展は「和」のたまものだ。

古代を見ると、食料採集文化、農耕社会の成立、王権の成立の成長段階の中でも日本はその進化が非常に速い。紀元前7000年には農耕が始まり紀元前3000年に王権を築いたメソポタミアや、紀元前3500年の仰韶文化に見られる農耕文化後に紀元前1500年に殷帝国を築いた中国と比べれば、日本は本格的に農耕を始めた弥生時代から500年程度で王権の証である古墳時代に突入する。

 

これは「共同体で受け入れる」「調整する」ことに長じた日本だからこその強みだ。

ただし、それが官僚制や戦略立案といった西欧文明と交じり合う中で、あるべき姿を見失っているのがこの150年だと感じている。

グローバル世代に生まれたボクたちは、「和」という少々不気味なものの正体を見つめ、それをなんとか生かせるよう、あらためて自分たちの文化を見つめなおさなければならない。

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